金のかからない娯楽施設としてのIKEA
2009年3月30日 読書
父親(春休み中)と新横浜方面にあるIKEAに行ってみた。
巨大な家具屋というより、店舗の構成などは、ちょっとした娯楽施設。
フードコートは珍しい料理が並んでいた(サーモンを調理したものが多かった)
長々と店を回ったにもかかわらず、私は読書灯用の電気スタンド購入のみ。
父親にいたってはスウェーデンの食料品を購入。何だかなぁ。。。
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読 書
■ 管賀江留郎『戦前の少年犯罪』(福地書店)
「昔に比べて、今は凶悪な犯罪が増えている」「今の若者はキレやすい」
「ニート犯罪は現代の象徴である」という、偉そうな人たちの意見をよく耳にする。
この意見に対して、筆者は、以前から疑問に抱いていた。
例えば、学部時代に読んだ、藤原新也『東京漂流』(朝日新聞出版:絶版)で
80年代初頭に田園調布的な住宅街で少年が両親をバットで撲殺したという事件
が取り上げられた。
少年犯罪の残虐性は90年代後半に特異的に発生したわけではなく、
どんな時代にでも何らかの形で起こっていたのではと考えていた。
こうした漠然とした仮説をある程度、強化してくれたのが本書。
著者の管賀氏は、ネット上にある「少年犯罪データベース」というサイトを主宰している。
彼は本書で戦前の新聞記事から、現在のメディアで取り上げられているような(それ以上の)
少年による凶悪犯罪を取り上げている。その内容は嘘のような本当の出来事だから、驚く。
事例を挙げるとキリが無いので、論評との大きな差異がある事実で印象に残ったもの。
1.昔の少年少女のほうがキレやすく、しかもナイフや日本刀が飛び出す
昔の子供にとってナイフは必須アイテムだったらしく、携帯率も高かったらしい。
事例を見ると、今風に言えば「ついカットなって」刺殺にいたるケースが多すぎる。
これが小学校低学年レベルでも起こっているんだから、バイオレンス極まりない事実。
下手すると日本刀、銃、毒物まで出てくる。下手なサスペンスか何かです。
2.ゲームが悪いというならば、昔だって探偵小説と映画はそれである
今は「ゲームが悪い」と仮想敵を簡単に作りますが、昔にもそういうのがあったわけで。
事例で本当に多いのが探偵小説、映画の類。まぁ、どんな時代にも影響を受けるものはある。
3.貧困よりも裕福な家庭の人間ほど犯罪に走る
戦前の犯罪は昭和恐慌などの貧困によるものが大きいと考えがちだが、そんなこともなく。
親の仕送りの大半などをカフェーの女給に貢いだとか、芸者遊びにハマって金がないとか、
開いた口がふさがらない。カフェーの女給ってのは今で言うメイド喫茶の従業員とかでは
なく、むしろage嬢的な何かなのか。。。今の金銭目的の少年犯罪がカワイイものにさえ
見えてきた。まぁ、だから、犯罪に走る少年少女は裕福な家庭に育ったドラ息子が多い。
これだけでも、ワイドショーで雄弁に語る論者の口を防げそうですね。
他にも「戦前は幼女レイプ殺人事件の時代」「戦前はニートの時代」
「戦前は桃色交遊の時代」など、エキセントリックなトピックス多数。
世間の懐古思想がいかに歪んでいることを一般的なデータの下、さらけ出している。
本書を読み終えて、率直に「現代に生まれて良かった」とわが身を案じてしまった。
■ 野球書評10番勝負/第1戦:野村克也「負けに不思議の負けなし」(朝日文庫)
筆者が野球についての未熟な見識を高めていくために、野球関連本を読んでいく企画。
第1戦はやはり、野球本の代名詞といってもおかしくはない、著作数ダントツの野村本。
近年は過去の著作の復刊も多く、本書も原本は83、84年のコラム集である。
野球ファンはご存知の通り、80年代は野村氏が現役引退、解説者として活躍していた時期だ。
野球界全般を見渡すと83年は、広岡監督率いる西武が巨人を倒し、盟主の座が交代した年だ。
また、選手をみても山本浩、衣笠、田淵、江夏といったその時代を彩った選手が引退間近で、
落合が揺ぎない実績を残し、新たに吉村(巨人)や小早川(広島)が台頭してきた転換期だ。
一方で監督に目を移すと、広岡監督だけでなく、広島は木葉監督、中日は山内一弘監督、
ロッテは稲尾和久監督、阪急は復帰した上田監督など、個性的な監督も勢ぞろいしている。
ケーススタディとして見ると、興味深い年代だろう。
野村氏の視点として、当時としては非常に珍しかったと思われえるのは、監督のあり方である。
これは湯浅健二氏が『サッカー監督という仕事』(新潮文庫)でも述べていたが、選手という
個人商店(個人事業主)をいかに生かしていくかという「運用」の発想である。
特に、野村氏のコラムからは、選手との心理的な駆け引きを重要視しているように見える。
これは、いわゆる監督本のビジネス本としての側面を有していることにも繋がっているか。
もちろん、後の野村ID野球にも繋がる「考える野球」や「情報戦の重要性」についても、
実際の試合や選手を取り上げながら何度も強調している(特に原さんの指摘が多かった(笑)
野村野球の基本理論は、この時期に積み上げられ、形作られたのではないだろうか。
上下巻ですが、あっという間に読み終わった。最近のノムさん本は発刊ペースもあって、
似たり寄ったりでオススメできないのですが、この復刊本は非常に面白かったです。
巨大な家具屋というより、店舗の構成などは、ちょっとした娯楽施設。
フードコートは珍しい料理が並んでいた(サーモンを調理したものが多かった)
長々と店を回ったにもかかわらず、私は読書灯用の電気スタンド購入のみ。
父親にいたってはスウェーデンの食料品を購入。何だかなぁ。。。
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読 書
■ 管賀江留郎『戦前の少年犯罪』(福地書店)
「昔に比べて、今は凶悪な犯罪が増えている」「今の若者はキレやすい」
「ニート犯罪は現代の象徴である」という、偉そうな人たちの意見をよく耳にする。
この意見に対して、筆者は、以前から疑問に抱いていた。
例えば、学部時代に読んだ、藤原新也『東京漂流』(朝日新聞出版:絶版)で
80年代初頭に田園調布的な住宅街で少年が両親をバットで撲殺したという事件
が取り上げられた。
少年犯罪の残虐性は90年代後半に特異的に発生したわけではなく、
どんな時代にでも何らかの形で起こっていたのではと考えていた。
こうした漠然とした仮説をある程度、強化してくれたのが本書。
著者の管賀氏は、ネット上にある「少年犯罪データベース」というサイトを主宰している。
彼は本書で戦前の新聞記事から、現在のメディアで取り上げられているような(それ以上の)
少年による凶悪犯罪を取り上げている。その内容は嘘のような本当の出来事だから、驚く。
事例を挙げるとキリが無いので、論評との大きな差異がある事実で印象に残ったもの。
1.昔の少年少女のほうがキレやすく、しかもナイフや日本刀が飛び出す
昔の子供にとってナイフは必須アイテムだったらしく、携帯率も高かったらしい。
事例を見ると、今風に言えば「ついカットなって」刺殺にいたるケースが多すぎる。
これが小学校低学年レベルでも起こっているんだから、バイオレンス極まりない事実。
下手すると日本刀、銃、毒物まで出てくる。下手なサスペンスか何かです。
2.ゲームが悪いというならば、昔だって探偵小説と映画はそれである
今は「ゲームが悪い」と仮想敵を簡単に作りますが、昔にもそういうのがあったわけで。
事例で本当に多いのが探偵小説、映画の類。まぁ、どんな時代にも影響を受けるものはある。
3.貧困よりも裕福な家庭の人間ほど犯罪に走る
戦前の犯罪は昭和恐慌などの貧困によるものが大きいと考えがちだが、そんなこともなく。
親の仕送りの大半などをカフェーの女給に貢いだとか、芸者遊びにハマって金がないとか、
開いた口がふさがらない。カフェーの女給ってのは今で言うメイド喫茶の従業員とかでは
なく、むしろage嬢的な何かなのか。。。今の金銭目的の少年犯罪がカワイイものにさえ
見えてきた。まぁ、だから、犯罪に走る少年少女は裕福な家庭に育ったドラ息子が多い。
これだけでも、ワイドショーで雄弁に語る論者の口を防げそうですね。
他にも「戦前は幼女レイプ殺人事件の時代」「戦前はニートの時代」
「戦前は桃色交遊の時代」など、エキセントリックなトピックス多数。
世間の懐古思想がいかに歪んでいることを一般的なデータの下、さらけ出している。
本書を読み終えて、率直に「現代に生まれて良かった」とわが身を案じてしまった。
■ 野球書評10番勝負/第1戦:野村克也「負けに不思議の負けなし」(朝日文庫)
筆者が野球についての未熟な見識を高めていくために、野球関連本を読んでいく企画。
第1戦はやはり、野球本の代名詞といってもおかしくはない、著作数ダントツの野村本。
近年は過去の著作の復刊も多く、本書も原本は83、84年のコラム集である。
野球ファンはご存知の通り、80年代は野村氏が現役引退、解説者として活躍していた時期だ。
野球界全般を見渡すと83年は、広岡監督率いる西武が巨人を倒し、盟主の座が交代した年だ。
また、選手をみても山本浩、衣笠、田淵、江夏といったその時代を彩った選手が引退間近で、
落合が揺ぎない実績を残し、新たに吉村(巨人)や小早川(広島)が台頭してきた転換期だ。
一方で監督に目を移すと、広岡監督だけでなく、広島は木葉監督、中日は山内一弘監督、
ロッテは稲尾和久監督、阪急は復帰した上田監督など、個性的な監督も勢ぞろいしている。
ケーススタディとして見ると、興味深い年代だろう。
野村氏の視点として、当時としては非常に珍しかったと思われえるのは、監督のあり方である。
これは湯浅健二氏が『サッカー監督という仕事』(新潮文庫)でも述べていたが、選手という
個人商店(個人事業主)をいかに生かしていくかという「運用」の発想である。
特に、野村氏のコラムからは、選手との心理的な駆け引きを重要視しているように見える。
これは、いわゆる監督本のビジネス本としての側面を有していることにも繋がっているか。
もちろん、後の野村ID野球にも繋がる「考える野球」や「情報戦の重要性」についても、
実際の試合や選手を取り上げながら何度も強調している(特に原さんの指摘が多かった(笑)
野村野球の基本理論は、この時期に積み上げられ、形作られたのではないだろうか。
上下巻ですが、あっという間に読み終わった。最近のノムさん本は発刊ペースもあって、
似たり寄ったりでオススメできないのですが、この復刊本は非常に面白かったです。
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