AとBの相違は、日本における人種の対立か?
AとBの相違は、日本における人種の対立か?
AとBの相違は、日本における人種の対立か?
アニヲタキックファイターである長嶋☆自演乙☆雄一郎の参戦で、
無駄な賑わいを見せているK-1MAX。日本の格闘技興業でもブランド力
があるともいえるMAXで、自演乙は「異物」ともいえる存在と言えるだろう。

知識のない人からすれば、彼のコメントは異なる言語にも聞こえる。
A系の文化圏の独自色は80年代以降、顕著になり、インターネットの発達
は、より限定的なフィールドでのみ伝わる言葉を作り、広まったと私は
考えている。メディアは、その異なる文化圏から来た異人に注目する。

菊池成孔氏が語るように、AとA以外の違いはアメリカにおける人種の違い
の構造性を持つのではないか。肌の色も言語がほぼ統一されている日本人
にとって、分別されるフィルターは文化圏なのかもしれない。

Aと相対的な位置にあるのはB系だろう。

そして、MAXはBな雰囲気をもったKIDや魔娑斗が作り上げたブランドだ。
自演乙は真逆の文化圏で育まれた舞台に上がるのだ。浮くに決まっている。
A系文化圏をいくらか歪んで体現する彼がプライムタイムのテレビに登場する
ことは、正直、A系に愛着のある人たちにとって、リスクを与える行動といえる。

異質さを体現することで、通説たる「A系の変質さ」を際立て、バイアスを
強化する格好の材料にされるのではないか?筆者は、通説が強固である以上は
評価されても、イメージを覆せないことだと思っている。私は、できる限り
一般メディアへの過剰な接触を避けるべきだと考えてきた。

自演乙は「勝てば官軍」になるのか?私は、バイアスと通説がある限りは
そうならないと思う。だが、勝てば(彼が望む)平野綾とは共演可能だろう。

つまり、自演乙の戦いは負ければジャンル否定、勝てば自己実現という、
あまりにも不安定なバランスを秘めている。北岡悟さんのような
マイメロヲタだったらいいのに。


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